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「チェコの大砲」バベル・ネドベド ついに引退 2009.06.03

【ロンドン30日時事】サッカーの元チェコ代表MFパベル・ネドベド(36)は30日、8年間在籍したイタリア1部リーグ(セリエA)のユベントスを今季で退団すると発表した。同選手は2月に今季限りの現役引退を表明していたが、プレー続行の可能性もある。
 2003年にバロンドール(当時欧州最優秀選手)を獲得したネドベドは退団は経済的理由からでないと説明。ユベントスは新戦力として、ブラジル代表MFジエゴらの獲得を決めている。 
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パベル・ネドベド(Pavel Nedvěd、1972年8月30日 - )はチェコ出身のサッカー選手。ポジションはMF。オフェンシブなポジションでの出場が多い。日本語表記はパヴェル・ネドヴェドと書かれる場合もある。イタリア1部リーグのセリエAのユヴェントスに2001年から所属している。

パベル・ネドベドはチェコスロバキアの首都プラハで生まれスカルナで育った。父バクラフは、当時チェコスロバキア2部リーグに所属していたヘプのサッカー選手で、クラブの練習が終わると息子のパベルにサッカーを教えていた。

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14歳となった1986年からスコバ・プルゼンという地元のクラブに入団。デュクラ・プラハというクラブを経てチェコ屈指の名門スパルタ・プラハに入団。 当初はチームに馴染めず、監督のカロル・ドビアシュからも低い評価を受けていたが、周囲の視線を気にせず着実に力をつけたネドベドは2シーズン目には主力としてリーグ連覇に貢献。更に1994年6月のアイルランド戦で代表デビューを果たし、EURO 96にも出場。チームの顔は同僚のカレル・ポボルスキーだったが、着実なプレーで欧州におけるネドベドの評価を高めた。

EURO 96での活躍が認められ、同年セリエAのラツィオに移籍。当時のラツィオは中堅クラブを脱するか否かのステージにいたが、毎年活発な選手補強を行いシニシャ・ミハイロヴィチやフェルナンド・コウト、セバスチャン・ベロン、エルナン・クレスポといった選手を揃えて一躍ビッグクラブ並の布陣となる。その中でネドベドはスタミナを武器に大車輪の活躍を見せ、1999-00シーズンにリーグ優勝を果たした。

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2000-01シーズン終了後、クラブ側は長期の契約延長をネドベドに提示し、彼もこれを受け入れ合意に至ったが、会長のセルジョ・クラニョッティがオーナーを務める大手食品会社チリオの業績悪化の影響で、チームは急きょ資金調達と高額な年俸を支払っている主力選手の放出を余儀なくされた。ネドベドも例外ではなく、休暇から戻ってきたネドベドは急転直下、ユヴェントスへの移籍を言い渡された。この一連の流れはチームの顔であったアレッサンドロ・ネスタを手放す程の主力組の大放出劇であった。


2001-02シーズン序盤ユーベは低迷しており、ネドベド自体もフィットしていないと評され、優勝争いからも脱落すると思われた。しかし、シーズン終盤を迎えるとこのシーズン最強と評されたインテルを抜き去ってスクデットを獲得。決してネドベドの貢献が大きかったとは言えないが、この勢いをベースにした手ごたえは翌シーズンに発揮されることになった。

2002-03シーズン、ユーベの大黒柱と化したネドベドは、故障者が続出して危機的なチーム状況の中ほとんどの試合にフル出場し、シーズン終盤には「バロンドール間違いなし」と批評家から評価を受ける程の活躍ぶりを見せた。チームも2年連続のスクデットを獲得した。 そのシーズンのUEFAチャンピオンズリーグでは、ユヴェントスは決勝に進むも、ネドベドは準決勝のレアル・マドリード戦でイエローカードをもらい累積2枚目となったため、決勝には出場することが出来なかった。なお、ユヴェントスはPK戦の末にACミランに敗れ優勝を逃した。

2006-07シーズン、ユーベは不正疑惑の為にセリエB降格の処分が下され、主力だったカンナヴァロ、テュラムらが次々とユヴェントスを去り、自らにも多くのクラブからオファーがきた。シーズン終了前は引退も口にしていたネドベドだったがデル・ピエロ、ブッフォンに続き、「世話になったクラブに恩返しをしようと思う」と現役続行と残留を表明、チームを1シーズンで再昇格させる原動力となる活躍を見せた。

ネドベド

2007-08シーズン、新加入のチアゴにレギュラーの座を脅かされていたが、35歳という年齢ながらレギュラーを死守した。

プレースタイル
臓が複数個あると形容されるほどのスタミナを持ち、延長戦などにおいても試合開始直後と変らない運動量を維持し、攻守のあらゆる場面に姿を見せる。ミドルレンジからの強烈なシュートも魅力の一つであり、チェコの大砲と呼ばれる。また、左右どちらの脚で撃っても精度、威力ともに全く差が無い。これは少年時代からの猛練習で身につけたと回想している。

元々はセンターハーフのポジションでプレーしており、そのためチェコ代表デビューから暫くは、背番号が4だった。しかし、徐々に攻撃的なポジションに移動し、現在は主に左サイド、トップ下という攻撃的な2列目をメインにプレーしている。

接触プレー時にたびたび大げさに倒れるので非難されることがある。


タイトル
バロンドール(2003)
セリエA最優秀選手(2003)
セリエA最優秀外国人選手(2003)
チェコ最優秀選手(1998、2000、01、03、04)
UEFAベストイレブン(2003、04、05)
チャンピオンズリーグ最優秀MF(2003)
英誌ワールドサッカー選出世界年間最優秀選手(2003)
ゴールデンフット賞(2004)
FIFA100

スーパープレー



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コメント

バロンドールをとるなんてすごいです。

2009.06.10 | URL | jaro #rC8ajEyg [ 編集 ]

jaro さんコメありがとう。

ネドベドはまだまだやれそうですよねー

もったいない!

2009.06.11 | URL | データーエラー #- [ 編集 ]

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