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御殿場事件棄却理由 2009.06.23

主文


本件控訴を棄却する。


理由
本件控訴趣意は、弁護人作成の控訴趣意書の通りである。
これに対する答弁は、検察官作成の答弁書の通りである。
一の論旨、事実誤認。
論旨は被害者が被害日時を9月16日として訴えた為、それを前提とした自白供述になっており、当初虚偽の供述をしていた被害者供述は信用性がなく、よって被告人の供述にも信用性がないのであるのに、犯人性を認めた原判決は事実誤認があるのであると述べる。
そこで訴訟経過の概要を検討する。
被告人は、強姦未遂被疑事件で通常逮捕された。
被疑少年は他の者らと共謀の上、御殿場市中央公園において、当時15歳の被害者を押し倒すなどの暴行脅迫を加え、姦淫しようとしたが、生理中であったことから、順次わいせつ行為をするに止まり、その目的を遂げなかった。
被告人は、平成14年2月19日の第一回審判で事実を認め、第二回審判で否認に転じた。
その後、被害日時、被害者の供述が変わった為、変更して手続きが進行し、証明不十分で不処分決定が出たが、検察が抗告して受理され、事実誤認で静岡県沼津支部に送致された。
これに対し、再抗告は最高裁で棄却され、決定した。
本件公訴事実は、被害者の新供述に依拠したものであり、当時15歳の被害者を押し倒すなどの暴行脅迫を加え、姦淫しようとしたが、生理中であったことから、順次わいせつ行為をするに止まり、その目的を遂げなかったとした公訴事実とほぼ同様の認定をし、懲役2年6ヶ月、執行猶予4年を言い渡した。

本件は10人の被告人と被害者、全員が少年であり、被告人の変遷があるばかりでなく、被害者の変遷もあり、しかも意図的な虚偽が含まれていた。
すなわち、被害者は先輩らの公判で捜査段階以来の供述を維持したが、客観的な齟齬を弁護人に指摘され、その場では供述を変えなかったが、第三回公判で遅くなった事情を説明するのに、あえて当夜のものとしたと認め、9月9日とする新供述に至り、その後はそれを維持している。
以上に鑑みると、その信用性を考えるにあたっては、慎重に判断しなければならない。
新供述については、更に隠してることがないか考える必要がある。
それらに留意して検討をおこなったが、認定できる。
以下、所論に鑑みて説明する。

そこで被害者の当初の供述内容を見てみる。
9月16日、バスケ部の試合の観戦のあと、御殿場駅で平田が声をかけてきて、連れの男と、嫌がる私の手首を掴んで親に遅くなると電話させられ、グリーンハウスで8名の男が加わり、中央公園に連れていかれた。
そこで平田から交際を迫られて断ると、連れの男が「もうやっちまおうぜ」と言い、襲われた。
リーダー格の男から、警察や親に言ったら承知しないなどと言われ、その場を離れたが、2人の男がついてきて、コンビニに逃げ込んで時間をつぶしてから帰った。

次に、被害者の変更後の供述。
先輩らの弁護人が被害者に対し、9月16日の携帯の履歴を示し、サイトウに会っていたのではないかと問われ、当初は否定していたが、御殿場警察で再確認を求められ、これを認めて次の通り供述した。
前回までの証言で話したうち、実は9月9日が正しい。
平田に声をかけられて一緒に来てと言われたことも、本当は嬉しくてついていっただけで、嫌々ではない。
軽い女と思われたくなくて、嘘を吐いた。
母に電話させられた事実はなかったが、16日の事実と合わせる為に嘘を吐いた。
犯人の中に木村がいたことは気づいていたが、頭が良いので、被害日時が違うことがばれると思って、黙っていた。
当初は自分の中にしまっておこうと思ったが、当時交際していたミヤマに慰めてほしくて事件のことを言ったが、信じてもらえなかったことから、母が16日に遅くなった理由が嘘であったことを知っており、男性と会う度に大声で怒鳴られて暴力をふるわれていたので、9月16日に被害にあったと嘘を吐いた。
翌日、先輩達に追及され、先生に話すことになり、警察に申告せざるを得なくなった。

このような供述の経緯が全体に及ぼす信用性には影響しない。
平田に誘われ、グリーンハウスで取り囲まれ、中央公園で平田らから質問をされ、交際を求められ、それを断り、もうやっちまおうぜと言われ、芝生の横に倒されて、わいせつな行為に止まり、強姦されなかったこと。
こうした基本的な部分においては揺らいでいない。
被害者の当初の申告である、10名から強姦されそうになったが、未遂に終わったというのは、詳細、且つ具体的で、多岐に亘っており、一部実名をあげるなど、虚構の事実を作り出そうとしたとは考えにくい。
当時、ミヤマに被害に遭ったことを話していて、これはミヤマとその友人の供述で裏付けられている。
ミヤマは証人尋問で、9月12日にサイデリアで友人アキバに飯を奢ってもらってる時、被害者からメールがあり、大勢に襲われた、途中までやられたと書いてあったので、本当か?と言うと、なんで信じてくれないのと言って泣き出したと証言し、日頃からうっとおしかったので、アキバに別れると言い、交際をやめたことを述べている。
アキバも証人尋問で、ミヤマのメル友の彼女からメールがあり、襲われたと言ってるが、嘘だろうと言っていたと述べ、またメールがあった際、さっきと同じこと言ってる、うざいと言っていたと述べている。
9月12日にサイデリアに行ったことは、清算のジャーナルの内容が一致していることと、ドリンクバーが計上されていなかったとの証言とも一致している。
この日、被害者がミヤマに複数回メールしたことも、携帯の記録が裏付けている。
このような9月12日の時点でミヤマに訴えていた事実は、9月9日とする新供述を裏付けており、母に対する弁解の為に作出したわけでないことも裏付けている。
日頃からミヤマに何度もメールしていたのが窺えるところ、9月9日、8回に亘りミヤマにメールしていたのに、その後に1回メールがあった後、4時間も次の送信がなく、この通信拒絶状況は、新供述を裏付けている。
9月12日以降は、サイトウに頻繁にメールするようになり、9月16日になってサイトウと会うことになった状況も裏付けている。
よって、日にちの変更が基本的な点の被害者供述の信用性を損なうとは言えない。
嫌々ではなく、喜んでついていったこと、電話させられてないこと、木村がいたことに気づいていたこと、被害者は当時生理は始まってないこと。
これらの部分は被害供述に特別重要なものではなく、そのことが被害供述の信用性を損なうものではない。
以上を考慮したとしても、変更後の新供述は十分信用できる。

所論は、被害者が利己的な理由から意図的に、周到に、母に虚偽の事実を訴えながら、罪悪感が皆無であること、サイトウと会っていたことを絶対にばれないようにしようと思っていたこと、氏名不詳よりも名前を出したほうが信用できることなどから、平田を陥れる事情があったと述べ、被害事実がなかったと言ったら、どれだけ酷い目にあわされるかということと、虚偽告訴罪、偽証罪に問われる可能性があることから、虚偽の供述をしており、全体が信用性を欠くと述べる。
確かに被害申告経緯、日時経緯などは慎重に検討する必要がある。
しかし、9月9日とする変更後、ミヤマ、アキバ、通話記録などがそれを裏付けており、所論の指摘が信用性を欠くことは明らかで、所論は採用できない。

所論は、観測データを示し、700メートル離れている観測データもあわせ、雨のことを覚えておらず、濡れた記憶はないとする被害者供述は、整合性を欠き、信用性に欠けると述べる。
確かに御殿場地域観測所のデータを見ると、概ね所論指摘の降水量が認められる。
しかし、2つのデータの近接する地域でも降水量が違い、現場周辺は不安定なことが窺える。
被害者は、噴水の水がかかっていた、逃げ帰る時にポツポツと顔に雨がかかったと述べており、このような供述と矛盾しない。
服が濡れていなかったと思う、芝生が濡れていたか分からないというのは、相当期間経っているのであるから、この程度の記憶は不自然とは言えない。

次に、平田の供述について。
平田は最も早い11月26日に逮捕されていて、当初は否認していたが、自分と他の物で無理矢理キスしたりしたという上申書を提出しており、ニシハタ、マエダらの名前も記載している。
その後、9名全員の名前を明らかにしている。
平田は当初、共謀の場所については言ってなかったが、9月16日の午後にニシハタから電話があり、カラオケ『リクエスト』にいると聞かされ、ニシハタに迎えに来てもらって合流して話していたところ、勝俣貴志から女を用意しろと言われ、話をしてるうちに被害者の名前がでて、ニシハタと連れに行った。
御殿場駅の近くのパチンコ店『モナコ』で暇つぶししてから、駅で待ってると被害者が来たので、一緒に来てと言ったら、帰らないとと言ったので、家に電話をかけさせてから手首を掴んでグリーンハウスに連れて行った。
グリーンハウスで合流後、中央公園で池の角のベンチに座らせて、付き合ってくれと話しかけ、みんなも周りを囲んで話しかけていたが、被害者がはぐらかせていたところ、もういいだろと先輩が言って芝生に倒して服を脱がせて強姦しようとしたが、生理だった為に諦めた。
このような供述を少年審判手続で一貫して維持している。
被害者に交際を断られたから起こしたわけではないが、交際を断られたことは事実であり、もし了解してくれていたら、合意の上でやるつもりだったなどと述べ、中等少年院に送致された。
被害者供述変更後、逮捕後は刑事に言われたことは記憶にないまま、そうかな?と思って言ったことであり、9月9日に被害者と思われる人にわいせつ行為をしたことは間違いないが、9月16日にはやってない。
自分の意思としては、この事件は痴漢程度と思っており、先輩から女を用意しろと言われるのは、よくあったことで、たいしたことないと思っていたと述べている。
先輩からやれる女いないか?と言われたことしか記憶にない。
グリーンハウスで合流し、ベンチで挟むようにして、付き合ってくれと言って、承諾されなかったことから諦めて、キダを水に落とそうと遊んでいたら、その後にわいせつ行為をしたのはよく覚えてないが、○○(聞き漏らしました…)が被害者の胸を揉みながら、こっちを見てニヤッと笑ったのは強く印象に残っている。
このように、平田の供述は変遷しているが、自白は維持している。
先輩らの少年審判での証人尋問では、被害者を連れて行く時、手をひっぱってないし、無理矢理ではなかったと、更に変遷させているが、基本的な事実については変わっていない。
そして、少年院退院間近になって、先輩らの刑事裁判で否認に転じた。
控訴審で調書作成経過について、認めれば1年で出られるが、否認すれば3、4年だ、全員捕まっているんだよ、認めてないのはお前だけ、マエダなんて頭良いからペラペラ喋ってる、と言われたので、認めた。
共犯者は、よく遊ぶ先輩と友達を何十人もあげた中から選ばれた、他の人があげたからだと思ったと述べ、先輩らの少年審判では、少年院の先生が来ており、否認したら長くなると言われたので、認めたと述べる。

所論は、共犯者を平田が特定したことはなく、また、自白をしたのは否認することによって少年院を出るのが遅れるからで、その後に少年院の先生が信じてくれて、刑事裁判で明確にしようと思ったと述べる。
確かに、平田は9月16日に嫌がる被害者に電話させたなど変更前の虚偽の供述に基づく供述があり、警察官に誘導された影響が窺える。
しかし、捜査段階で警察官から、認めれば1年と言われて、推測で1年ならいいかと思い、曖昧なまま供述したという原審公判と異なる供述をしている。
共犯者らを特定したことについても、最初に逮捕されて自白したのは平田であり、客観的にそのような方法で特定されたとは考えられない。
平田の説明は、極端に誇張されていて、信用できない。

平田の少年審判では、記憶にないことについては、そう述べつつ、先輩に女を用意しろと言われ、グリーンハウスに連れて行き、中央公園でわいせつ行為をしたという基本的な部分について一貫している。
また、胸を揉みながらニヤッと笑ったことが強く印象に残ってると述べるなど、捜査段階では語っていないことを述べつつ、ノブヒトについては自信がないが、他の者は間違いないと述べるなどしている。
また、本件犯行日が9月16日か分からないこと、電話させた記憶がないこと、無理矢理連れて行ったわけではないことにも言及しており、これらの点は新供述に整合する。
こうした状況内容からすると平田は少年院退院が遅れることを恐れて自白を維持したのではなく、その当時の記憶を率直に述べていることが窺え、信用性に疑問を挟む余地はない。

所論は、捜査官の誘導にのって自白した信用性を疑うと述べる。
確かに平田は事実と異なる供述を誘導されたことが窺える。
しかし、事件当時から2ヶ月経っていて、同じ曜日で、一週間記憶がずれることは不自然とは言えない。
事実と異なる供述をしたからといって、犯行自体の供述は揺らがない。
これらの点は、事実でないとした上で、先輩に言われ、グリーンハウスに連れて行き、中央公園で交際を求め、応じないのでわいせつ行為をおこなったとする、その内容も不自然とは言えない。
虚偽の内容が含まれていたとしても、自白全体に影響を及ぼすとは言えない。

次に、モトムラ供述について。
モトムラは、被告人及びキダと共に逮捕されたものである。
同日、被告人を含む共犯者を明らかにしていて、自分が被害者を提案したことも述べた、具体的、且つ詳細な上申書を提出している。
その後も、一貫して自白を維持している。
2月15日の少年審判では事実を認め、先輩達が裸にした被害者の頭を押さえる役目をやって、途中でやばいと思ったが、ここまでやってしまった以上、もうあとに引けないと思ったと述べ、中等少年院に送致された。
先輩らの少年審判での証人尋問の時も供述を維持し、9月16日であることやモナコなども含め、平田と同様の供述をしている。
それは次の通りである。
先輩から女を用意しろと言われ、被害者が援助交際をやっているという噂があって、軽い女だと思っていて、駅で見かけたことがあり、駅にその時間に来ると伝えました。
どんな女かと聞かれて、顔はあまり可愛くない、多分やらせてくれると言いました。
その後、仰向けに倒れた被害者の頭を押さえ、勝俣貴志が生理だと言い出したので、やめました。
犯行後、被害者が逃げていったので、2人で追いかけたのですが、途中ではぐれて1人になってしまい、被害者がコンビニに入ったので諦めて帰りましたと述べ、この際、先輩らが否認してることについて聞かれ、嘘を吐いてると思いますと答え、何故そう言えるのかと聞かれ、自分もその場にいたからと答えている。
他方、先輩に不利なことを言うのは怖いと述べている。
その後、自分の発言を取り消してほしい旨の手紙を出し、否認に転じた。

逮捕当日、最初は否認していたが、なにを言っても駄目だと言われ、認めた。
鑑別所で済むと思っていた。
後輩と言われてキダの名前を出し、ノブヒトは警察官に言われて出した。
捜査段階での供述は、誘導、想像で書いた。
分からないところは、勘で話してればいいので、簡単だった。
勝俣貴志から誰が来るんだと聞かれ、被害者が来ると言ったのは、微かに記憶があるが、警察官に言われていったんだし、被害者を2人で追ったのも、他の者の名前を出すのが嫌だったから自分の名前を出した。
その後、自白を維持したのは、認めた振りをして、早く出たかったからで、ここで否認したら延びると思っていた。
でも、先輩らが否認しているのと、親が傷ついているのを知って、裁判官にやってないという手紙を出したと述べる。
しかし、踏ん張って自白を維持したわりには、少年院送致が決まった段階で、どうでもいいやと思ったと述べるなど、信用できない。
また、警察官の誘導による影響は窺えるが、それは犯行の経緯の部分である。
むしろ、上申書に書かれた、被害者を選んだのは自分であることや、その理由
先輩とのやり取りなどは具体的で詳細である。
先行して逮捕された平田やニシハタなどは供述していなかったことで、ニシハタは平田が提案したと言っていたのであって、誘導されたものではないことが窺える。
犯行日などを除き、十分に信用できる。
先輩に不利な証言をするのが怖いという証言に照らしても、先輩を庇う為と考えられ、信用性に乏しい。

以上の他、ニシハタ、キダらの供述も検討するが、犯行日や事前の共謀などを除き、十分信用できる。

次に、被告人の供述について。
被告人は、平成14年1月9日に逮捕され、弁解録取、取調べでは否認していた。
留置先に押送する車の中で認め、その後は維持している。
逮捕当時、少年院に行くのが嫌だったので、事件後にみんなで集まって、事件をしらばっくれようと話し合ったこと以外、平田と同様の供述をしている。
その他、グリーンハウスで、マエダがどんな子か訊ねてきたこと、ジュースを買いにいった時、帽子をかぶった2人が大五郎という焼酎を飲んでいたことなどを述べている。
原審、当審では否認した上、次の通り述べている。
逮捕され、押送される際、手錠をかけようとしたので暴れたところ、突き飛ばされて、お前認めろよと言われ、車内でも認めろと言われ、怖かったので認めた。
その後、認めれば鑑別所までで出られる言われ、取調べでは他の共犯者の調書を見ながら書いたりした。
以上のように述べている。
確かに犯行日が9月16日であることや、事前共謀についても誘導が認められる。
しかし、警察官が証人尋問の際、被告人が9月16日ではなく、一週間前ではないか?と言ったり、大五郎を飲んでいた2人が、ガードの下にいたのは、雨がポツリポツリと降っていたからだと述べたが、当初事件に関係なく、9月16日は晴天と聞いていたことから、勘違いではないか?と聞いたところ、そうかもと言われた為、録取しなかったと証言している。
被告人の供述調書では、共犯者はモナコの駐車場と言っているのに、被告人は自分の記憶ではセブンイレブンではないかと述べている。
これらの内容は、誘導したものとは考え難い。
とくにセブンイレブンについては、供述を押し付けたわけではないことを示している。
自分はモナコと言われる前からセブンイレブンだと思っていたと述べ、しかも被害者が犯行日を変える前から9月9日であることや、雨が降っていたことを示唆しながら、認める供述をしている。
遵って、犯行日、経緯について事実に反する供述をしたことが、全体の信用性を損なうものとは言えない。

所論は、逮捕当時に認めたのは、早朝から調べられ、結局逮捕されて壁に押し付けられ、素直に言えば鑑別所で解放されると思ったからであり、被告人の自白は信用できないと述べる。
しかし、押送、取調べの状況については、問題となる点が存在する。
例えば、手錠をかけられた時、暴れて制圧されたことは、少年審判では制圧されて押し飛ばされた、当審では椅子に座って手錠をかけられ、腰縄を振り払ったところ、腰縄をはめられたと述べており、当初は明らかに誇張して供述している。
認めれば鑑別所止まりで早く出られると思ったというのも、最初は10日で出られるから我慢してくれと言われ、その後3日経っても出られないことから不満に思っていたところ、相部屋の人間から、鑑別所は楽しいと言われたので、鑑別所くらいならと思ったと述べていたのである。
このように、被告人の供述は信用性に乏しい。
逮捕当日、押送した者も証人尋問からも、被告人が暴れたり、制圧された事実は窺えない。
否認した被告人を強く諫めたのは窺えるが、供述には自らの体験があり、諫められたとしても、捜査段階の基本的な部分についての供述の信用性が損なわれるとは言えない。

そこで、事実誤認の主張を整理する。
以上からすると、被害者の新供述は十分信用できる。
被告人ら各供述も十分信用できる。
遵って、原判断に誤りはない。

二の論旨、訴訟手続法令違反。
有罪とするには、罪となるべき事実が必要で、犯行日、共謀、などが不明確なまま起訴されており、法令違反である。
判決にも影響を及ぼすのは明らかであると述べる。
そこで検討すると、被告人が共犯者らと共謀があったとするには、共謀遂行認定で足りるのであって、事前共謀の特定は必要としない。
原判決は、事前共謀を推認し、共謀認定しているのである。
日時も当初の日時は認定されていないからといって、罪となるべき事実に欠けているとは言えない。

三の論旨、審理不審。

真実の発見の為の、母、友人5名の証人を却下した原判決は事実誤認を招くことになり、審理不審であると述べる。
そこで検討すると、弁護人がこれらの証人を請求した立証趣旨に照らして、必要性があるとは認められない。

以上からすれば、論旨はいずれも理由がない。


はい、色々な真実が見えてきましたね。
雨についても、被害者も雨を自覚していたんですね。
こんな情報は、どこでも得られないものでした。
被告人も、9月9日だったとする犯人しか知りえない情報だけでなく、雨のことも言っていたんですね。
こんな情報も、どこでも得られないものでした。
それだけではなく、共謀をした場所についても、被告人は他の者と供述が食い違っていますね。
つまり、押し付けたわけではなかった。
被害者を勧めた人物についても、食い違っていた。
これも、押し付けたわけではなかった。
先輩らが否認していた状況でも、先輩らは嘘を吐いていると述べていた。
先輩らに不利な証言をするのが怖いにも拘らず。
そして、押し付けられたと言いながら、捜査が終わっている中、何度も変遷を繰り返し、それでも重要な部分については一貫していた。
つまり、捜査段階で言ったことは警察官の誘導によるものとして、変遷させているのに、根本の部分は変わっていない。
被害者の変遷も重要だが、被告人らも変遷を繰り返していたんですね。
更に、9月12日の時点で、被害を告白していた。
しかも、被害者をうざいと思ってる人物の証言で裏付けられいる。
そして別れたことによる寂しさから、サイトウと何度もメールをするようになり、16日に会うことになった。
サイトウと会った点について噛み付く方が多かったですが、恋人に信じてもらえず、捨てられた女性の心情としては自然ですね。
まだまだ色々な点がありますが、その全てが有罪であることを確信させる点ばかりです。

何故、このような点が表に出てこないんですかね?
悪意って怖いですね。
ホント卑怯者です。








                                             ブログ 真田幸村引用 











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コメント

知ったこと言ってんな

くだらねーのはてめーの頭だ

2009.09.05 | URL | た #- [ 編集 ]

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